デンキ屋が20年前に語りたかったゲームセンターの話

現在電気屋の筆者がゲーム業界にいた頃の体験から語るゲームセンターとアーケードゲームの話。基本的には当時の記憶が頼りなので多少の間違いは大目に見てください。

業界を変えたゲーム達(5) 対戦格闘ゲームの功罪

対戦格闘ゲームの功罪

私が業界から離れて久しいが、たまにゲームセンターに足を運ぶ度に感心するのが対戦格闘ゲームの息の長さである。
世代は変わったものの、20年以上たった現在でも今だにストリートファイターシリーズが稼働しているという状況は私の知っていたゲームの常識からはかけ離れたものである。

ストリートファイターに関してはまた別の機会に改めて語りたいと思うが、ここでは対戦格闘ゲーム、特に対戦台による格闘ゲームというジャンルについて語りたいと思う。

敢えて説明するまでも無いとは思うが、昔は対戦格闘ゲームは対戦相手の見えない対戦台というスタイルは存在せず、元々二人同時プレイである「ストリートファイターⅡ」(カプコン)から派生したものだ。

当時、ゲームの筐体がテーブルタイプからアップライトタイプ(正確に言うとアップライトとは本来は立って遊ぶ筐体を指すので、我々はミドルタイプと呼んでいたが)に移行していた頃、プレイスタイルは二人同時プレイの可能なゲームが多数を占める様になっていた。

ツインビー」(コナミ)に始まった二人が横に並んで同時にプレイするスタイルは基本的には協力プレイであり、点数やアイテムを競うことはあっても敵として対戦するタイプは希少であった。

考えてみれば当然の事であるが、いくら大型化したとは言っても筐体の幅くらいしかないスペースに大の大人が2人並んで座るのだ。
窮屈な事は勿論、それなりに仲の良い関係でなければなかなか受け入れられる状態ではない。ましてや全く知らない人間が突然横に座っていっしょにプレイする事などとてもではないが有り得ない状況である。

仮に知り合い同士でプレイするにしても、2人分でプレイ時間の延びる協力プレイはあっても、対戦して逆にプレイ時間の短くなる対戦プレイなど考えられない事だ。従って対戦ゲームと言えばサッカーや野球等のスポーツ系であり、決められた時間やイニングをプレイするものだったのである。

そういった訳で、知り合い同士でプレイする事でインカムが期待できるのは当然協力プレイという事になるので対戦プレイタイプはあまり作られなかったのだ。

ストリートファイターⅡ」も前作がアップライトスタイルでの対戦プレイであったことからその形を踏襲してはいたものの、当時では非常に珍しい途中乱入というスタイルであった。
しかも負けた方はその場でゲームオーバーというシビアなもので、下手をすればプレイ時間は2分にも満たない。

仲良く遊ぶにはあまりにメリットがないので、基本は1人でのプレイとなる事が多く、対戦プレイを見る機会は当初はあまりなかった。

ゲーム自体は1人プレイでも充分に面白かったので結構な期間高インカムを続けていたが、それでもプレイヤーの練度が上がってくるに従いプレイ時間が長くなり徐々にインカムは下がっていた。

逆にその頃から、コンピュータ相手では物足りなくなってきたプレイヤー達の対戦が増えて来ていたのも事実である。
ただし、それでも相手は仲の良いグループによる内輪での対戦に限られていた。

そこに登場したのがあるゲームセンターの店員が考案したという対戦台スタイルである。

仕組み自体は難しいものではない。
一組のゲーム基板の映像信号と2P側の操作信号の配線を向かいあったもう一台の筐体に繋いだだけである。
発想そのものはコロンブスの卵的なものだ。

実を言うと私もこの運用は考えない訳ではなかった。いや、恐らくは同じ様な事を考えた人間は他にもいたはずである。少しでも電気の知識があれば出来る事ではあるし、対戦の面白さは知っていたのでそれを生かす為の手段としてはアリだと思ってはいたのだ。

だが、それを実践しようとすると色々と不都合があった。その中のひとつは一組の基板から2台のモニターに映像信号を送ることでの基板への負担が不明だったこと、そして2P側の筐体の売上はどうカウントするかという管理上の問題だ。

私のいたメーカー直営店では、筐体と基板がセットでコンピュータ管理される。
売上データもその基板の売上として管理される訳だ。だが2P側の筐体には基板がないために管理上「ストリートファイターⅡ」として売上計上できないのだ。

結果としては、ダミーの別ゲームの基板で売上計上する事で解決する事にはなるのだが、どちらにしろ前例の無い状況を実行するだけのメリットを説明し、上を説得するには色々と面倒だったのである。

ともかく、前例と実績が確認された事でこのスタイルは一気に全国に広がった。
ストリートファイターⅡ」は息を吹き返し、通信対戦格闘ゲームのブームと共に再び爆発的なインカムを記録し続けたのである。

その後も、後発の対戦を前提とした格闘ゲームが続々登場し、今尚ゲームセンターの主流となり続ける事になったのだ。

対戦台というシステムの導入により全く知らないプレイヤー同士の対戦が可能となった格闘ゲームは、単純なインカムだけではなく様々な変化をもたらす事になる。

私が以前より語っていたゲーム制作者の抱えていた問題やジレンマをほぼ解決してしまったのだ。

様々なプレイヤーとの対戦は、それまでのコンピュータや知人相手の様な安定した難易度やパターンの攻撃ではなく、千差万別な攻撃パターンと難度でのプレイとなり、絶えず新鮮な刺激を与えてくれる様になった。
腕自慢にしてみれば自分の実力をスコアではなく直接優劣を計る機会でもあり、仮に負けてもそれはゲームの難易度ではなく自分の実力として納得できる。
また、乱入するハードルがグンと下がり面識がなくても対戦を申し込みやすくなった。そして逆に乱入される方としては仮に対戦する気がなくてもそれを拒む事はできなくなってしまったのである。
相手がコンピュータであればパターンも読みやすかったのである程度やりこめばそこそこ遊ぶことができたが、乱入される事で突然容赦なく難易度が跳ね上がる事になる。
下手をすれば瞬殺という事もあり得る訳で、通常であれば全クリアまで出来るプレイヤーが強制的にゲーム終了となる可能性もあるのだ。

要するに格闘ゲームは対戦相手をコンピュータから対人にすることで、それまでのシューティングゲームやアクションゲームの様なプレイヤーを飽きさせない為の面構成やプレイ時間を調整するための難易度調整という、インカムを上げるための最大の難関を必要としなくなったのだ。

制作側からすれば、面倒で地道な作業は無くなり、ただ登場するキャラクターの設定と動きを深く追求する事に専念できるようになった。
ゲームバランスはキャラクターの技の相性を調整する程度でも後はプレイヤー達が勝手に自分達で難易度調整してくれる、という作り手にとっては素晴らしい環境となったのである。

私は対戦格闘ゲームが主流となる事で、ゲームセンター自体も様変わりしていったと思っている。

私の知る限り、それまでのゲームセンターでは学生客にしろ一般客にしろ、何か特定のゲームを目的で来店する客は意外に少なかった。

勿論目当てのゲーム、お気に入りのゲームは必ずプレイするが、とりあえずは新製品がないかどうかを確認し、もしあればとりあえずはプレイしていたものである。

じっくりと説明書を読み、初心者なりの遊び方で少しづつ上達する余地が当時はまだあったと思う。

もう一つ、この新製品がマニア向けゲームの場合、稼働当初はマニア達に独占される事で一般客が手を出せず、マニアが飽きた頃には逆に新製品としての魅力も無くなるので結果インカムが上がらず早々に消えてしまう。
そうやって一般向け、初心者向けのゲームがある程度の種類が確保されつつ、うまく回転し続けていたのだ。

だが、対戦格闘ゲームは腕に自信のない一般プレイヤーを完全に排除する事になってしまった。

初心者がじっくりとプレイする時間を与えてくれないのだ。

1面の簡単な所でモタモタしようものならすかさず乱入されて訳が判らぬうちに終わってしまう。

余裕のある店では練習用、初心者用として1人プレイ専用台を用意してあったりするが、当然人気台のことである。対戦の練習用に独占するプレイヤーも多く、とてもではないが一般客が落ち着いて出来る環境にはならないものだ。

横ではハイレベルな争いが繰り返されており、一般客や初心者はその様を見るだけで対戦参加を諦める事になってしまう様になってしまった。

しかも通常のマニア向けゲームならすぐに消えてしまうが、対戦格闘台はマニアが集まれば集まるほどその店は難易度とインカムが上がる事になる。
当然、インカムが下がらないのならそのゲームは長く設置され続け、ますます上級者と初心者の差が開いていく事になるのである。

その結果、店内はいつ来ても変わり映えのしない機種構成となり、ふらりとやって来る一般客はいなくなってしまったのではないかというのが私の持論だ。

もう一つ、インカムには関係無いが格闘ゲームの登場で変わったものがある。
それはゲームミュージックである。

それまで、ゲームにはそのゲームを象徴する様なゲームミュージックが大抵ひとつはあったはずだが、対戦格闘ゲームには印象に残るサウンドが殆ど無い。

それは好きなキャラクターをゲーム開始時に選ぶため、シューティングゲームのオープニングファンファーレの様な開始時に必ず流れる音楽というのが存在しないためだ。

キャラクター毎にテーマ曲はあるかもしれないが、キャラクターを変えれば当然曲も変わるのだからそのゲームを象徴する音楽にはなりにくいのである。

どうだろうか。

対戦格闘ゲームはそれまでのゲームの常識をことごとく覆していき、そしてゲーム制作の在り方を根底から変えてしまったのである。それは勿論インカムも含めて素晴らしい点は多々あったが、逆にゲーム制作会社、そしてゲームセンターの停滞にも繋がったのではないかと私は考えるのである。

今、入口のクレーンゲームには一般客は見かけても、ビデオゲームの辺りにはほぼ常連しかいないのではないだろうか。

少なくとも現在ほぼ初心者に等しい私では、新しいゲームにお金を入れる勇気はない。
それは私の考え過ぎで家庭用ゲームの進歩が最大の原因なのかもしれない。
だが家庭用ゲームは既に対戦格闘ゲームから脱却しつつあるのだ。
そろそろ、対戦格闘ゲームがもたらした功罪をもう一度考え、新しい風を吹き込んでもらいたいと私は思うのだ。