デンキ屋が20年前に語りたかったゲームセンターの話

現在電気屋の筆者がゲーム業界にいた頃の体験から語るゲームセンターとアーケードゲームの話。基本的には当時の記憶が頼りなので多少の間違いは大目に見てください。

業界を変えたゲーム達(3) クレーンゲームで変わったもの

クレーンゲームで変わったもの

今、街を歩くとゲームセンターの入口には必ずと言っていいほどクレーンゲームが設置してあるのを見かける。
下手をすれば店内がほぼクレーンゲームや景品落としの類で占められている事も珍しくなくなった。
一時期プリクラに占領された事もあったが再びクレーンゲームの天下のようである。

クレーンゲームや景品落としはゲームセンターの存在する前から存在する古いタイプのゲームだ。
ウィキペディアによると1965年には現在の物に近い電動のクレーンゲーム(タイトー製)が既に存在していたとの事だ。
私も幼少の頃にプレイした記憶はあるが、その頃の景品はぬいぐるみの類ではなくカプセルの中に小さな玩具やキャラメルが入っていたと思う。台は低く、上から覗き込むタイプであり、デパート等の遊戯場ではよく見かけていた。
景品が子供だましだったこともあり、ビデオゲーム中心のゲームセンターで見かけることはなかったと思う。

クレーンゲームが再び脚光を浴びるようになったのは1985年に「UFOキャッチャー」(セガ)が稼働し始めてからである。

それまでの上から覗き込むタイプから大型化して目線が高くなり、大人も遊べるスタイルとなったのが功を奏した。
ショッピングセンター等の子供向けの遊戯施設だけでなく、ゲームセンターの店頭でも見られる様になっていったのである。

「UFOキャッチャー」は数年後一大ブームを巻き起こし、クレーンゲームの代名詞と呼ばれるまでになるのだが、当初はそれ程インカムは良くなかったらしい。
その頃の景品を見た記憶がないので明言は出来ないがやはり景品はカプセル入りの玩具だったそうである。

売上が上がり始めるきっかけとなったのは景品にぬいぐるみが使われるようになってからだ。
当初のぬいぐるみは他愛もない動物等のものであり、見るからに安物であった。

では景品に魅力があまり無いことに違いはないのに何故売上が上がる様になったのだろうか。

実は風営法の関係で、景品の値段には上限が設けられている。(今は上限はかなり上がっているらしいが、当時は1個200円とかなり少額だった)
同様の値段で考えた時に、プラスチック製の玩具等よりぬいぐるみの方が容量があり、お得感があるという点が大きいだろう。

ただ、私自身は単純にお得感というだけでなく、何よりもぬいぐるみがクレーンゲームの景品として最適な条件を揃えており、ゲームとしての面白さを最大限に引き上げた功労者である、という事をもっと強調しておきたいのだ。

ぬいぐるみは不定形であり、ふわふわとした材質なのでクレーンのアームで掴みやすく、重心がまちまちの為に攻略法も様々でゲーム性も向上する。
カプセルや箱型だとどうしても難度は上がるし、見た目でも取りにくいのが判るため、取っ付きにくいのだ。
見た目の軽いぬいぐるみならば初心者でも取れそうな期待感があるので最初のお金を投入しやすいのである。

実際に取れやすいかどうかは問題ではない。
要は取れやすそうだとプレイヤーに思わせる事が重要なのだ。

1度プレイしてみて取れなかったとしても、期待感が残っていれば次こそはと何度も挑戦する事になる。ある程度投資すると今度は諦めるのが惜しくなり、ますます熱くなっていく、という具合だ。

1回のプレイ時間の短さと相まって効率的にインカムを稼ぐ事が出来るクレーンゲームの特性が最大限に生かされる事になるのである。

我々運営側としても容量が大きく不定形なぬいぐるみは取れやすさを演出するのに大変都合が良かった。

元々平らな景品スペースに雛壇を作り、ぬいぐるみを景品の落とし口よりも高くなる様に山と積んでみたりもした。軽く引っ掛けただけでも転がり落ちる位に難度を下げることも出来たのだ。

特にまだぬいぐるみそのものにそれ程の付加価値がなかった頃は取れやすさを強調した演出は不可欠であった。
絶えず状況を確認ながらぬいぐるみを補充、配置直し直すのがインカムに大きく影響したので、結構重要な仕事であった。

この景品の補充という店員の仕事は、更にお客様とのコミュニケーションツールとして有効に作用する事にもなる。

たまにお金を注ぎ込んだお客様が店員にもっと取れやすくしてくれと交渉している姿を見かけた人もいると思うが、ちゃんとした店ならば案外素直に対応してくれたはずである。
意外に思われるかも知れないがこれは我々店員側にとってもそれ程不愉快という訳でもなく、逆に有難い事だったりする。

ぬいぐるみを補充したり配置を直すタイミングというのは意外に難しい。
通常は客足が途切れた時に補充するのだが、混雑時はプレイ中だったり、両替で少しだけ離れている場合もあり、下手に手を入れられない事も多い。
景品が少ないとギャラリーも盛り上がらないのでまめに補充したいところだが、それが逆に興を削がれる場合もあるのでどうしても遠慮がちになるのだ。
それに、こちらとしてもどうせならお金を使ってくれたプレイヤーに喜んでもらいたいのが人情というものだ。どの程度頑張っていたのかは大体把握しているので、諦めかけて補充や配置を直してほしいといった要望には出来るだけ答えたいものなのである。

客観的に見れば、1個200円のぬいぐるみに数百円、下手をすれば数千円も投資するのは馬鹿馬鹿しいと思う人もいるだろう。
だが、プレイヤーにしてみればこの頃の景品は最終目的ではなく、あくまでもゲームで熱く遊んだ結果としてのご褒美でしかないのだ。こちらとしても、その頃のぬいぐるみは出来るだけ取ってもらおうとしていたのでお互いに良い関係だった様に思う。

だが、そこにクレーンゲームの大ブームを巻き起こし、また我々の関係に微妙な変化が起きるきっかけとなったぬいぐるみが登場する事になる。

バンプレスト」によるキャラクターぬいぐるみである。

多くの漫画やアニメのキャラクター権を持つバンプレストはその豊富なキャラクターを活かしたぬいぐるみを次々と登場させていった。
2等身にデフォルメされたキャラクター達はその強烈な魅力でそれまでの他愛もない動物ぬいぐるみをたちまち駆逐してしまったのである。

当時も人気の「セーラームーン」から一般層を意識した「うる星やつら」「マジンガーZ」「世界名作劇場」等、幅広く戦略のしっかりとしたバンプレストの景品群は見事と言う他ない。
勿論プレイヤー側にしても、通常の景品よりもメジャーであり「欲しい」景品の方がよりモチベーションが上がるのは当然のことだ。

クレーンゲームのインカムは景品がキャラクターぬいぐるみに変わった途端に爆発的に跳ね上がり、先に言った一大ブームに繋がっていった。

運営側としても、そして当時の私もこの状況を大歓迎した。
やはり様々な工夫をしていたとは言え魅力の無い景品には徐々に限界を感じていた頃である。
インカムは勿論、キャラぬいぐるみを補充した時の目の色を変えるプレイヤー達の様子を見ている我々としてもやはり要望には答えたい、という意識が強く働いたからだ。

ただし、多くのメリットの裏側で先に語った微妙な変化が起こることになる。

バンプレストの景品はキャラクターを良く再現しており、商品としては実に完成度が高かった。

ただ当然の様に版権、そして商品価値の関係から仕入れ単価はそれまでのぬいぐるみに比べてどうしても高額になるのだ。

更に基本フェルト素材でやや固めのぬいぐるみは、大きさもやや小ぶりで容量が増やし難く、かなり多めに入れないとスカスカな印象になりがちだった。
しかも以前の柔らかくて掴みどころのないぬいぐるみよりも取れやすそう、と言うよりも本当に取りやすかったのである。

いくらインカムが良いとは言え、経費の増加は勿論運営を圧迫する。
いや、利益は充分あるのだがそういうイメージを植え付けたと言うべきか。
以前のローコストな景品と比べ売上と共に凄まじい勢いで減っていく景品に余計な不安を感じた運営は多かったはずだ。
更には、あまりの人気にバンプレストの景品は慢性的な品薄状態になったのである。

予算の潤沢な店舗はともかく、そうでもない店舗としては、希少な景品をプレイヤーにそう簡単に渡す訳にはいかなくなった。

その結果、景品の置き方は平坦になり、アームのバネは弱くなり、アームの先は3本爪から丸い物へと変わっていったのである。
良心的な店舗では以前の安い景品でかさ上げする等、取れやすさは多少演出したものの、どうしても難度は以前よりは上がることになったのだ。

ブームにより様々なテクニックも開発され、そんな条件下でも景品を取ることができる猛者も多数現れた。

プレイヤーはお目当ての景品を取るため配置のスキを探り、店舗側は演出はしても基本的には取らせない配置を探る様になっていったのである。

そして現在、景品の単価は規制緩和されて跳ね上がり、美麗なフィギュアや巨大なぬいぐるみ、挙句はラジコンやドローン、モバイルバッテリーなどの見るからに取得欲求をそそる物がクレーンゲームの主役となった。

クレーンゲームと最高に相性の良かった手頃なサイズのぬいぐるみは姿を消し、どうにも取れそうにない箱入りの景品達が平置きで申し訳程度に小さなリングだけ付けて座っている様になった。

景品はますます取られたくないものになり、攻略法は複数回プレイして落とす事が前提のより高度なものとなった。

今でも変わらず取れやすさやその演出は店舗によってまちまちだ。
良心的に、または期待感を持たせる様に上手く工夫されている店舗もある一方、見た目にも取れそうにない演出の下手な店や、酷い店では絶対に取られないようにリング部分がアームの届かない所にセットされている悪質なものもある。

どちらにしろ、最近私が見る限りワンプレイで取れるような台を見ることは無い。

もうすでに本当の意味での初心者向けクレーンゲームは存在しなくなってしまったのかもしれない。

逆に考えれば、昔ながらのぬいぐるみを復活させてクレーンゲーム本来の面白さを再認識させても良い頃ではないかと私は思うのだ。